諸岳会について

諸岳会の沿革

石川素童禅師
石川素童禅師

諸岳会(しょがくかい)は、古くは大本山總持寺社会事業部と称し、その始まりは大本山總持寺が能登から鶴見に移転して間もない大正3年(1914年)に、時の大本山總持寺貫首石川素童(いしかわそどう)禅師が、神奈川縣會(現在の神奈川県議会)の決議と招懇を受け、県の救護施設である神奈川縣薫育院の院長として青少年の感化教育にあたられたことにまで遡ります。
神奈川縣薫育院長に就任された石川禅師は、就任翌年の大正4年には大本山總持寺の境内に薫育院出張所を設け、感化教育に対する一層の向上を図ります。また大正7年には大本山總持寺が少年保護事業を推進するための組織として神奈川縣少年保護會を設立し、仏教による感化教育を広めることに力を尽くされました。

新井石禅禅師
新井石禅禅師

大正10年、新井石禅(あらいせきぜん)禅師が石川禅師の後を継いで神奈川縣薫育院長に就任されます。新井禅師は大本山總持寺を開かれた太祖常済大師の六百回大遠忌を記念し、横浜市大岡町に社会事業会館を建設して少年保護事業のさらなる発展を発願します。大正12年9月、関東大震災により建設中の建物が全壊するという困難に直面しますが、早くも大正13年2月には建物を再建し、名称を總持会館として薫育院出張所および神奈川縣少年保護會を移転し、少年保護事業の発展に力を注がれます。

總持会館
總持会館

また、竣工間もない總持会館を関東大震災復興の拠点とし、慰霊葬祭、慰問師及び救護要員の派遣、被災者への物資配布等、震災の復興支援にも努められました。

当時の法人職員
当時の法人職員

昭和2年、大本山總持寺の社会事業は財団法人の認可を受けます。以降、少年保護事業を中心とした大本山總持寺の社会事業は「財団法人大本山總持寺社会事業部」として、その事業を推進していくことになります。

蒔田託児所 乳児部
蒔田託児所 乳児部

また、財団法人化と前後して、これまで取り組んできた社会事業の成果が認められ、神奈川県より鶴見社會館及び蒔田託児所の譲渡を受けることになり、少年保護事業以外の様々な社会事業にも取り組むことになりました。当時、法人が運営していた施設には、単身労働者向けの宿泊救護施設や施設に附属する食堂・理髪所、低所得世帯への支援を目的とした公益質屋、病院、託児所などがありました。

その後、戦時中の空襲により運営していた施設の多くを失い、法人としての事業活動も休止を余儀なくされますが、昭和20年8月に終戦を迎えると直ちに事業の再開に取り組みます。現在運営している施設の基礎が作られたのは、戦後間もないこの時期です。

保育園全景

「總持寺保育園」

戦後の事業再開の第一歩として、昭和20年12月に保育所を再開しました。この保育所が現在まで続く總持寺保育園です。時代と地域社会の要請に応じて順次定員を拡大しながら、児童福祉法による保育所として、建物及び施設設備の更新、保育体制の充実に努め今日に至ります。

精舎児童学園全景

「精舎児童学園」

戦前、落合健・芳子夫妻により設立された養護施設は、戦時中の空襲により焼失してしまいましたが、昭和26年に精舎幼児園として再建が叶いました。昭和31年、精舎幼児園は落合夫妻の御遺志により当法人の施設として編入されます。昭和37年には老朽化した建物と土地の狭隘を根本的に解消するために現在地の東京都町田市に移転、昭和53年には名称を精舎児童学園に改称し、建物や設備の整備を進めながら、児童福祉法による児童養護施設として青少年の自立支援体制の充実に努めています。

アーサマ總持寺内部

「アーサマ總持寺」

昭和16年に母子保護法による認可を受け母子寮事業を開始しました。昭和21年には旧生活保護法による緊急保護施設としての認可を受け、總持寺母子寮に改称しました。昭和24年より、児童福祉法による児童福祉施設として組織と支援の仕組みを整えていくとともに、建物および施設設備の更新を進めてまいりました。平成10年の児童福祉法改正に伴い名称をアーサマ總持寺に改称し、母子生活支援施設として、緊急一時保護事業や地域交流スペース事業、退所後支援体制事業にも対応するなど、さらなる充実化を進めています。

總持寺本町通こども園全景

「總持寺本町通こども園」

待機児童の増加と保育所不足が叫ばれる今日の要請に応えるため、当法人の新たな保育所として平成24年に開園いたしました。開園してまだ日が浅い施設ですが、歴史ある總持寺保育園の伝統を引き継ぎ、職員全員が一丸となって保育体制の充実に努めています。

大正の時代より百有余年、当法人は時代の要請と地域の情勢とに鑑み、広く社会の利益に資せんと活動を続けてまいりました。また、関連法令の改正にあわせて、昭和27年に財団法人から社会福祉法人への組織変更を行い、平成12年には法人の名称を諸岳会に改称して今日に至ります。
社会福祉法人諸岳会は、これからも保育所、児童養護施設、母子生活支援施設の運営を通じた多様な福祉サービスを総合的に提供し、利用者の皆さまが地域社会の中でより充実した生活を営むことができるよう支援させていただくことを目指しています。

法人年表

大正3年6月 大本山總持寺貫首石川素童禅師、神奈川縣會(現在の神奈川県議会)の決議と懇招を受け、
神奈川縣薫育院長に就任する。
大正4年5月 石川禅師、大本山總持寺の境内に薫育院出張所を設置する。
大正7年7月 石川禅師、神奈川縣少年保護會を設立し、事務所を大本山總持寺内に置く。
大正10年3月 大本山總持寺新貫首新井石禅禅師、神奈川縣薫育院長に就任する。
大本山總持寺太祖常済大師六百回大遠忌を記念する社会事業会館の建設を発願される。
大正11年4月 神奈川縣少年保護會が組織変更し、神奈川縣佛教少年保護會に改称する。
新井禅師、初代会長に就任する。
大正12年9月 関東大震災により、横浜市大岡町に建設中であった社会事業会館が全壊する。
大正13年2月 震災により全壊した社会事業会館を再建し、名称を總持会館とする。
薫育院出張所と神奈川縣佛教少年保護會を總持会館に移転する。
總持会館
總持会館
大正13年8月 神奈川縣佛教少年保護會が司法省より少年保護団体として認可される。
大正13年12月 神奈川縣佛教少年保護會の施設として、總持会館に隣接して付属洋館寄宿舎を建設する。
大正14年3月 神奈川県が低所得世帯を対象とした託児施設として、
横浜市蒔田町に県立蒔田託児所を開設する。
蒔田託児所
蒔田託児所
大正14年5月 神奈川県が京浜地区の単身労働者向け簡易宿泊施設として、
橘樹郡潮田町に鶴見社會館を建設する。
大正15年5月 神奈川県より、鶴見社會館の経営を委託される。
大正15年10月 神奈川縣佛教少年保護會に授産部を設け、總持会館内に西洋洗濯科を開設して収容者への職業訓練を行う。
鶴見社会館
鶴見社会館
大正15年12月 鶴見社會館内に質舗を開設する。
昭和2年7月 これまでの社会事業に対する成果が認められ、神奈川県より鶴見社會館の無償交付を受ける。
昭和2年10月 内務、司法両大臣より財団法人大本山總持寺社会事業部としての設立許可を受ける。
昭和2年10月 財団法人としての設立許可を受け、
神奈川縣佛教少年保護會を財団法人大本山總持寺社会事業部横濱少年保護所と改称する。
昭和2年11月 神奈川県より、県立蒔田託児所の無償交付を受ける。
昭和3年5月 鶴見社會館内の質舗が公益質屋法による公益質屋としての認可を得る。
昭和4年4月 落合健・芳子夫妻が東京府高田町雑司ヶ谷に
子供の家保育園(精舎児童学園の前身)を開設する。
落合健・芳子夫妻と園の子どもたち
落合夫妻と園の子どもたち
昭和8年4月 落合夫妻、東京市豊島区西巣鴨に子供の家保育園別館を建設する。
昭和9年3月 簡易宿泊施設として運営していた鶴見社會館を改装し、
鶴見病院(後の鶴見総合病院)を開院する。
昭和13年1月 横浜市鶴見区鶴見町に公益質屋を新設し、名称を豊岡公益質屋とする。
昭和16年10月 母子保護法による認可を受け、母子寮事業を開始する。
昭和18年12月 横浜市鶴見区鶴見町に保育園を新設する。
昭和19年4月 空襲により、蒔田託児所を焼失する。
昭和19年12月 空襲により、子供の家保育園別館を焼失する。
昭和20年4月 空襲により、子供の家保育園を焼失する。
昭和20年5月 空襲により焼失した子供の家保育園を東京都杉並区堀之内に移転再建するが、再度の空襲により焼失する。
昭和20年12月 終戦により休止していた保育園を再開する。名称を總持寺保育園とする。
總持寺保育園初代園舎
總持寺保育園初代園舎
昭和21年1月 總持寺保育園が旧生活保護法による託児事業の認可を受ける。
昭和21年11月 母子寮が旧生活保護法による緊急保護施設として認可される。
名称を總持寺母子寮とする。
昭和24年6月 總持寺保育園が児童福祉法による児童福祉施設として認可される。
昭和24年6月 總持寺母子寮が児童福祉法による母子寮として認可される。
昭和26年3月 總持寺保育園の園舎を改築する。
昭和26年5月 空襲により焼失した子供の家保育園の跡地に養護施設を建設する。
名称を精舎幼児園とする。
精舎幼児園
精舎幼児園
精舎幼児園 ・シナトラホール
シナトラ育英ホール
總持寺保育園2代目園舎
總持寺保育園2代目園舎
お友だち観音様除幕式
お友だち観音様除幕式
精舎児童学園・禅堂
精舎児童学園・禅堂
精舎児童学園・書院
精舎児童学園・書院
昭和26年5月 精舎幼児園が児童福祉法による養護施設として認可される。
昭和27年5月 財団法人から組織変更し、社会福祉法人大本山總持寺社会事業部として認可される。
昭和31年2月 落合夫妻の遺志により、精舎幼児園を当法人に編入する。
昭和37年6月 建物の老朽化と土地の狭隘とに鑑み、精舎幼児園を東京都町田市に移転新築する。
昭和37年12月 精舎幼児園が米国人歌手フランク・シナトラ氏より500万円の寄付を受け、シナトラ育英ホールを建設する。
昭和40年1月 總持寺保育園の新園舎(2代目園舎)を建設する。
昭和40年2月 精舎幼児園に医療舎を建設する。
昭和40年3月 總持寺保育園の新園舎落慶祝賀式典に高松宮殿下御夫妻をお迎えし、
記念植樹を挙行する。
昭和43年12月 精舎幼児園に厚生舎を建設する。
昭和49年12月 精舎幼児園に保育舎と職員宿舎を建設する。
昭和50年12月 總持寺保育園開園30周年を記念して、玄関前にお友だち観音様を安置する。
昭和53年5月 精舎幼児園を精舎児童学園に改称する。
昭和54年4月 精舎児童学園が、国際児童年、事業開設50年、施設創立30周年を記念して禅堂を開単する。書院をつくり、茶道・華道・和裁等の地域活動を進める。
昭和63年6月 精舎児童学園に児童棟と給食施設を建設する。
平成3年10月 總持寺保育園で一時的保育事業を開始する。
平成10年4月 児童福祉法の改正により、總持寺母子寮が母子生活支援施設となる。名称をアーサマ總持寺に改称する。
平成12年4月 社会福祉法人大本山總持寺社会事業部を社会福祉法人諸岳会に改称する。
平成12年10月 精舎児童学園で開園50周年記念式典挙行。
平成17年3月 總持寺保育園建て替え工事のため、同園の一時的保育事業を休止する。
平成17年4月 精舎児童学園にグループホーム「きりのは」、ユニットケア「けいふう寮」を開設する。
平成17年9月 總持寺保育園建て替え工事のため、横浜市鶴見区東寺尾の鶴見大学荒立グラウンドに仮園舎を建設する。
總持寺保育園新園舎
總持寺保育園3代目園舎
平成19年2月 總持寺保育園の新園舎が完成する。
平成19年4月 アーサマ總持寺で地域交流スペースの提供と緊急一時保護事業を開始する。
平成20年6月 鶴見総合病院を廃止する。
平成20年10月 精舎児童学園を本館及び小舎制へと変更する。第2のグループホーム「るんびに」を開設し、
本園及び地域小規模グループホーム2箇所体制とする。
平成21年4月 アーサマ總持寺で退所後支援体制事業を開始する。
總持寺本町通こども園園舎
總持寺本町通こども園園舎
平成23年3月 總持寺保育園の近隣地に第2園庭として運動場と畑を整備する。
平成23年4月 精舎児童学園が小規模グループホームケア「けいふう」を開設する。
平成24年4月 横浜市鶴見区本町通に總持寺本町通こども園を開園する。

法人概要

法人名 社会福祉法人 諸岳会
代表者 乙川 暎元
所在地
(本部)
〒230-0063
神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
電話番号
(本部)
045-581-6349
FAX番号
(本部)
045-581-6332
設立 昭和27年5月17日 社会福祉法人として設立認可
昭和27年5月28日 設立登記
役員 理事7名・監事2名
職種一覧 施設長(園長)・事務主事・主任保育士・保育士・児童指導員・母子支援員・少年指導員・心理指導員・栄養士・調理員・事務員・心理療法士・夜間警備員・用務員